平川市には猿賀神社など古い神社仏閣がいくつかあります。
そのなかのひとつ古懸山不動院国上寺は弘前藩2代藩主信牧(のぶひら)公が祈願したことで知られます。
古懸山不動院国上寺(こがけやまふどういんこくじょうじ)
酉年の一代様で、旧碇ヶ関村にあります。
JR碇ヶ関駅から車で5分。
東北自動車道 碇ヶ関インターチェンジから車で10分。
平川市碇ヶ関古懸門前1-1
℡0172-45-2446
山あいの静かな村にある寺院でした。古懸温泉の近く。
ここに祀られている不動明王像は、座っている姿から「ねまり不動」とも呼ばれ、津軽三不動のひとつ。酉年の一代守り本尊として信仰されてきました。
駐車場のそばにお大師さま。私がお参りしたとき、熱心に拝んでいた女性がいました。四国八十八ヵ所霊場のお砂踏み参拝所になっていて、その方は丁寧に踏んでいたのです。
不動尊とは?
ところでお不動さまってどういう仏さまでしょうか?
インド仏教のもともとの本尊である大日如来の化身、あるいはその内心の決意を表現したものだそうです。
京都・醍醐寺蔵の国宝・不動明王
大日如来はすべての生き物の根本とされています。「大いなる日輪」の意味があり、まさに燃え盛る太陽。
国宝の不動明王はめらめらと燃える炎のなかに鎮座していますね。厳しい表情は固い決意でしょうか。アジアの仏教圏のなかでも、とくに日本において根強い信仰だとか。
密教、天台宗、真言宗など修験道で広く信仰されてきました。
津軽家の祈願所
古懸不動尊の国上寺は弘前から今なら車で3,40分ですが、藩政時代は馬か駕籠(かご)が移動の手段なので、かなりな時間がかかったことでしょう。
津軽家の祈願所で、2代藩主信牧公が御祈祷をしたとき、不動明王が汗をかいたという逸話があります。
汗をかくと、津軽において怪事が起きるという言い伝えが。
信牧公のときはまさにその夜に創建して数年しか経っていない弘前城の天守に雷が落ちて、炎上。火薬庫に火が移り、大爆発しました。
汗をかくのは、金属の外気の影響で結露したものだそうですが、藩政期はその度に祈祷が行われたそうです。
改修のためか、幕が掛けられていました。屋根を見ると、壮麗な造りです。
国上寺の由来は推古天皇の時代にさかのぼります。そして古懸の地名は山賊だった「鬼神のお松」に関連していると由緒書きにあって、びっくり。
十和田湖の渓流、石ケ戸をねじろにした絶世の美女で盗賊のお松。お松は子を産むと、エズコに入れて松の木に掛けて、育児をしたそうです。
エズコは、えんつこという津軽に昔あった育児のための編み駕籠。
その子・徳一は大きくなると、高僧になったと言い伝えられ、「子掛け」が「古懸」になった。初めてお参りにきたので、へぇーと思いましたね。
不動院・護摩堂
こちらの寺は明治26年に本堂と仏堂を焼失しましたが、護摩堂は難を逃れました。古い佇まいです。
横に2代藩主信牧公の碑がありました。
私がお参りしたときは秘仏の「ねまり不動」を拝観できませんでしたが、お正月は公開されます。
本堂にてお寺さんの方に「初詣は混むでしょうね」と、お聞きすると、「お天気によりますね。ふぶくと参拝客はどうしても少なります」と教えてくれました。
国道から村に入ると道が狭くなりますので、初詣のときは雪道にご注意ください 。
2018年8月4日、更新しました。
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