つがる時空間

青森県弘前市を中心に弘前公園やねぷた、こぎん刺しを紹介

目屋人形が幻となるかも……でも貴重な民藝品です、歴史民俗の資料としても

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目屋人形と絣の野良着を着たりかちゃん


かつて目屋人形を作っている所にお邪魔したことがありました。
西目屋村商工会女性部
そこに人形制作部がありまして 、当時メンバーが3人。
目屋人形は、地元の方の手作り品なのです。

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画像は西目屋村の暗門の滝、白神山地の玄関口として人気のエリアです。



そのメンバーの方からこんなお話を伺いました。
「目屋人形は村の土産品として昭和初期から作られ、人形の顔が当時の人気女優・水谷八重子に似ていると評判になったの。でも、後継者不足になって1969年頃、途絶えたのよ」
 復活したのは1987年。
 国が推進した村おこし事業がきっかけでした。
 けれども、一度やめてしまったものを蘇らせるのは大変な苦労が。

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 資料が残っていなくて、どうやって作っていたか不明なので、
昔の人形を分解し、パーツの材料を調べるところから始めたそうです。
 試行錯誤の末、現代風にアレンジし、八頭身美人に。 

 そうして公民館に集まり、人形作りが本格にできるようになりました。
でも、農家の仕事が忙しい時期はそちらを優先するので、晩秋から春先までの期間に作業をこつこつと。

 人形は大、中、小の3サイズあって、
小のサイズはリカちゃん人形よりひと回り大きいくらい、
大サイズは身長が60センチくらいでしょうか。
その中間が文字通り中サイズで。

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一度絶えるとなかなか復活できない


サイズごとに木綿絣の反物を裁断して、3人でちくちくと手縫いします。
 人形の顔や手足は、生産地の埼玉県から仕入れ、
もっとも手間のかかる炭スゴ(背中に背負う炭俵)は、
メンバーの90歳になるお姑さんが編んでいました。

 メンバーの方たちは60代から70代のお嫁さんたち。彼女たちの技術をもってしても、人形の背負う炭スゴは細か過ぎる作業で編めないというのです。

 それが2008年のことでしたから、その姑さんは100歳に近いはず。
いまもお元気にしているでしょうか。
 
お話を聞いたとき、とてもお達者な姑さんに、
70代のお嫁さんは
「嫁いで50年以上を経ても嫁は嫁ですよ。朝なんか姑より寝坊してごらんなさいな、睨まれるんだから」と苦笑い。
 昭和33年に19歳でお嫁入りして以来、ずっと同居生活だそうです。
 公民館での人形作りは、息抜きの意味合いもあったのかもしれませんね。
 
 ちなみに嫁入りした昭和30年代は、薪にする木材を春の雪解け水で川下のほうへ流す『川流し』が見られたとか。

後継者不足が悩み

 それから、こんな話が出たのでした。
「制作を引き継いでくれる若い人がいないの。今のお嫁さんはみんな勤めがあるから。
それに年々、材料が手に入らないのよ。
いま着せている絣は弘前市土手町の赤石呉服店から買ったものだけれど、お店の人が絣生地を織る工場がどんどん少なっていると言うの。困るわねえ」
 
土手町は老舗の商店が軒を連ねていましたけれど、
いまは高層マンションが並んでいます。
そして、赤石呉服店もずいぶん前に閉店してしまいました。

目屋人形はまたもや途絶えて、幻となるのでしょうか。

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