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弘前の武家屋敷・仲町の伝統的建造物群 保存地区をあるく

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2022/05/10更新しました

弘前藩武家屋敷は、石場酒店から通りをひとつ入ったところにあります。
サワラの生垣がつづくなかに、黒い板塀があって、格式や風格の感じられる街並み。

弘前市武家屋敷についてお伝えします。

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仲町の伝統的建造物

武家屋敷

内部も無料で見学できます

仲町は地名ではなく、「若党町」「小人町」「馬喰(ばくろう)町」の3つが入っています。

江戸時代は、身分によって、住む地域が厳密に決まって、若党は身分の高い武士の付き人。
小人町は、藩の雑用をする人たちが住む地域。
馬喰(ばくろう)は馬の鑑定や治療をする人です。

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当時は、馬に乗るのが武士のたしなみ。
馬の調整をする人が、馬喰(ばくろう)ですが、馬を喰うと書くのですね。
『伯楽』の音変化で、博労とも書き、牛馬の売り買いに関わる人のことも指しました。
弘前はほかに、鷹匠町や鍛治町、紙漉町など古い町の名を残しています。

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鍛治町は、スナック等のビルが立ち並ぶ歓楽街ですが、もともとは鍛冶職人 の町。
たくさんの鍛冶屋さんが暮らしていました。

弘前武家屋敷

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 門から玄関まで飛び石がつづいている旧笹森家。
宝暦6年(1756)当時の武家住宅地図 に、平面図が記載されている、由緒ある家。

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畳が真新しく、すがすがしい気分になる座敷です。
床の間に日本刀が!
本物ではないと思います。
日本刀はたたら製鉄の鉄を職人が精錬し、仕上げます。
錆びやすいので、手入れが欠かせません。
それも武士のたしなみだったでしょう。

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市内に住む友だちが、嫁ぎ先の蔵のなかに甲冑(かっちゅう)や鎧(よろい)がたくさんあると、前に話していました。
お宝がいっぱいで、羨ましい。
弘前藩士が多くいましたから、ひっそりと仕舞われた武具がまだまだあるかもしれませんね。 

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囲炉裏を囲んでの食事風景が再現されていました。
お膳 におひつ。
津軽塗の赤い『膳こ』には、どんなお料理が並んだのでしょうか。

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今と最も違うのは、江戸時代は、牛や馬、豚(イノシシ)の肉は食べなかったこと。
日本人の肉食は明治期からで、それ以前は四足を食べることを忌みました。
ヤマドリやキジを猟師から買い取り、食べたかもしれませんけれど、下級武士や庶民には、豆腐や油揚げもごちそうです。

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昔の暮らし

餓死供養・栄螺堂

禅林街の栄螺堂

飢饉や凶作にたびたび見舞われる土地でしたから、武家でも自家菜園で採れた大根や菜っ葉を米に混ぜる「かで飯」が多かったそうです。
米が貨幣の代わりになるので、藩は凶作でも上方へ米を送り、財政にあてたので、庶民が餓死という事態は少なくなかったとのこと。

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江戸屋敷も維持しなければなりませんし、参勤交代の経費もあって外様大名は台所事情が苦しいかったことでしょう。
弘前公園とともに武家屋敷を、ぜひご覧下さい。
無料で旧笹森家のほかに、三棟が見学可能。

(曜日によって開館の棟が異なります)
時間は、10:00~16:00ですが、ねぷた祭り期間は、9:30~16:30まで。
地域の人たちが暮らしながら、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、景観を守ってきた弘前武家屋敷。質実な暮らしぶりが、浮かび上がります。
弘前公園からゆっくり散策できるエリア。

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公園内には前川國男モダニズム建築の市民会館や市立博物館がありますから、ぐるりと歩いて亀甲門を出て、武家屋敷も見て回ることができます。

 

 

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